Quote 6 Jan 166 notes

■事故発生

「     」

声が聞こえた。聞き取れなかったのか、覚えていないのか解らない。でも、声が聞こえた。友人Aの声、短い声だった。慌てた様子の声だった。助手席で携帯を操作していた私は顔を上げた。

フロントガラスには退屈な光景が映っているはずだった。延々と流れていく白線、代わり映えのない無味乾燥な景色がそこにあるはずだった。

だが、歪んでいた。左右に目まぐるしく揺れ動く視界は何処か白くぼやけていた。

車は三車線の高速道路を縦横無尽に大きく蛇行を繰り返していた。だが、不思議なことに恐怖はなかった。

私は理解していた。車が制御を失っていることを、そして、絶対に立て直せないことを、でも、恐怖はなかった。叫ばなかった。

ただ、奥歯を噛み、左腕で握っていたハンドルに力を込め、身体をこわばらせた。

左のガードロープが見えた。次の瞬間、右のガードレールを見ていた。

数回の蛇行。そして、車は完全に横滑りした。

左のガードロープが迫り――

衝撃は遅れてきた。大きな衝撃ではなかった。破裂音が聞こえた。白煙が上がった。エアバックが開いていた。だが、白い袋が顔に触れることはなかった。

シートベルトが身体を強く締め付けていた。そのため、衝突の瞬間、身体は微動だにしなかった。

白煙は薄れ、エアバックは目の前で萎れていった。ポップコーンのように見えた。

意識は明瞭だった。痛みもない。ただ、激しい耳鳴りで音が聞こえなかった。

フロントガラスの全面にガードレールが映っていた。車は完全に停止していた。そして――

私はようやく恐怖した。戦慄した。事故が終わったわけではなかった。これから始まるのだ。

生きている。まだ、でも、まだ、終っていなかった。

ここは高速道路だ。後続の車両が路上で停止したこの車に追突すれば――

神に祈った。その瞬間が訪れるのを、ただ動かずに待った。動けなかった。じっと、待った。

どれくらいの時が流れただろうか?それほど長くはなかっただろう。後続の車両が追突することはなかった。

私はシートベルトを外し、歪んだドアをこじ開け、這いずるように外に出た。車から離れ、そして、振り返った。

ひしゃげた車がガードレールに垂直に突き刺さっていた。

■事故発生直後

蛇行を繰り返し、左のガードロープに接触、弾かれ、右のガードレールに突き刺さった。そういうことだと、その光景を目にして理解した。

自身が生きていることに喜びを覚えた。

助手席後方、私の後ろに座っていた友人Cが気づけば隣にいた。
「怪我はないか」
お互いにそんな言葉をかけあった記憶がある。ただ、耳鳴りが酷く、言葉の全ては聞きとれなかった。

運転していた友人Aが運転席から外に出てくる姿が見えた。運転席後方に座っていた友人Bに何か声をかけていた。

怪我をしたのか? 動けないのか? どうすればいいか?

油の臭いがした。エンジンが動き続けていることに気づいた私は友人Aに叫んだ。

「エンジンを切れ!」

映画の観過ぎだろう。車が爆発炎上することなど早々ないのだろう。でも、その瞬間、私は本気で危惧していた。

それから、私は恐る恐る車に近づき、助手席から友人Bの姿を覗き込んだ。友人Bは意識を失い、身体を痙攣させていた。

友人Cは「外に出さないと!」と声を荒らげたが、私は頭を打っているなら動かすのは不味いと制止し、警察に電話するように言った。

「番号は何番だっけ?」

携帯を取り出した友人Cはそんな言葉を返した。友人Cの手は震えていた。

携帯のGPSで自身の位置を確認していると、友人Cから警察への電話を変わるように促された。左耳に携帯電話を当てたが、声が聞き取れなかった。左耳は使いものにならなくなっていた。

右耳に携帯電話を当て直し、通話をはじめた。

個人情報、それから、事故が起きた場所を問われた。ガードロープの支柱の上に設置された看板に書かれた数字を読み上げ、GPSで調べた現在位置を伝えた。それから、友人Bが意識を失い痙攣していることをしつこく伝えた。オペレーターは冷静に、或いは事務的に、幾つかの質問を投げかけ、最後にレッカー車の手配について話をはじめた。

焦っていたからだろうか? オペレーターの態度が投げやりに感じられ、酷く苛立ちを覚えた。

電話を終え、車の方に目を向けると、意識を取り戻した友人Bが友人Aと共にこちらに歩いてきていた。
少しだけ安心した。

それから、友人Aは三角を出さなければならないことに気づき、車に走っていった。友人Bを座らせ、外傷がないことを確認した。

警察を待っていると車の傍にいた友人Cがトラックの運転手に怒鳴られていた。耳鳴りが続いていたので聞き取れなかったが、身振り手振りから、散乱した車の破片を掃除するように言われていると、なんとなく理解できた。

ひしゃげた車の後方を見遣り、渋滞ができていることに、ようやく気づいた。渋滞の原因になるとは夢にも思っていなかった。

私はひしゃげた車に近づき、私物を引きずり出した。愚かな行動だった。壊れた車が炎上しない保証なんてない。

だが、この車が何処に運ばれ、荷物がどうなるか私には全く見当がつかなかった。だから、まず荷物を確保しておくことを優先したのだろう。

それから、助けが来てくれるのを、ただ待った。寒かった。そして、心細かった。すれ違っていく対向車線の車の轟音が不安を掻き立てた。

俯き、屈むと、震える足があった。

■警察到着後

警察車両の姿を確認し、私は安堵した。同時に致命的なミスをしていたことに気づいた。

警察へ連絡すれば、警察が救急車を呼んでくれる。

そう考えていたが、そうではなかった。まず、救急車を呼ぶべきだったのだ。致命的なミスだった。

気を失っていた友人Bは既に意識を取り戻している。だが、もし、意識を取り戻していなかったら――

そう考えると、背筋が凍る。一分一秒の遅れが生死をわけることもある。

警察官の一人に状況を伝え、救急車を呼んでもらった。

救急車が来るまで、私はよく喋った。事故の状況、事故についての推測、覚えていることを全て伝えた。話していないと気が休まらなかったのだろう。

運転をしていた友人Aが少し離れたところで警察官と話していた。気持ち悪いくらい青白い顔をしていた。私は後ろからそっと肩に手を伸ばした。

救急車が到着したのは警察が到着してから10分以上後のことだったように思える。即、死に繋がるような怪我を負った者がいれば、間に合わなかったかもしれない。反省しても、意味などない。

友人Bは無事だった。ただ、幸運だった。

その幸運に感謝した。

救急車に乗ったのは3人。運転していた友人Aを除く全員だ。友人Aを1人取り残していくように思え、躊躇いを覚えた。だが、それ以上に自分の身体が心配だった。恐らく、友人Bと友人Cも同じ気持ちだっただろう。

救急車の中では、住所氏名年齢など個人情報、そして、外傷の有無、体調を順に質された。意識のなかった友人Bの状況を友人Cと共に伝えた。

トリアージカードを手首につけられ、それから救急病院へ搬送された。

■病院到着後

特別なことは何もなかった。検査は滞りなく、淡々と行われていった。CTを取り、レントゲンを取り、診察室へ、向かった。

私は医師に耳鳴りについて伝えた。
「一生、続くかもしれない」
返ってきた言葉に私はさして衝撃を受けなかった。その時は生きているだけで十分だと思えたからだ。

診察を終え、精算を待つ間、現場に残してきた友人Aから、何度か連絡があった。事故車は病院近くのカーショップにレッカー車で運ばれ、友人Aもそこにいるとのことだった。

それから十数分後、友人Aと病院のロビーで合流し、診察の結果を伝えた。診察料は8000円程度、意外に安く思えた。

病院を出ると陽が落ちていた。カーショップへ向かい、とぼとぼと歩き始めた。

事故がなければ、この時間何をしていただろうか? そんなことを思った。ホテルでゆっくりしていただろうか? 遠く見知らぬ街を笑いながら観光していただろうか?

■カーショップ到着後

息を飲んだ。ぐしゃりと潰れた黒い車が薄闇の中にあった。

隣にはヘッドランプの潰れた軽自動車があったが比較にならない凄絶さだった。

車両の前方は完全に潰れ、エンジンルームは滅茶苦茶だった。だが、自分が座っていた助手席は全く形を変えていなかった。感心し、感謝した。日本の車に乗っていて良かった。そう思った。

写真を撮りたくはなかった。が、この体験を伝えよう。そう強く思い、カメラを取り出し、シャッターを切った。

事務所で廃車の手続きを行い、車に残っていた荷物を回収し、近くのコンビニエンスストアから自宅へと宅急便で送った。

■見知らぬ地で

タクシーで最寄りの駅へ向かった。既に19時を回っていたため、私たちは帰ることを諦め、まずは主要なターミナル駅へと向かい、そこでホテルを探すことにした。

ホテルの手配は難しくなかった。文明の利器、携帯電話があればこそだ。並行して、泊まるはずだったホテルのキャンセルを友人Cが行った。事情を告げたら、キャンセル料を半額にしてくれた。

駅ですかすかの時刻表を確認し、苦笑いした。首都圏のように5分に1本というわけにはいかない。それでも、まだ電車があったことに安堵した。

電車が来るまで、私たちは駅に併設されたカフェに入り、時間を潰すことにした。閉店間際だったらしく、店員さんは申し訳なさそうに飲み物は簡単なものしかできないと私に伝えた。こちらこそ、こんな時間にと、申し訳ない気持ちになった。

ホットミルクと半額で売られていたパンを幾つか頼み、食べた。気分的にはパンを全て買い占めても良かったが、ターミナル駅についたら、何か美味いものを食べようと話していたので、皆控えた。

ホットミルクを口に含むと、微かに気が休まったような気がした。

一時間ほど電車に揺られ、ターミナル駅へ到着した。不思議な雰囲気の街だった。駅の正面には巨大な電光掲示板が輝いていたが、ふと視線を横に外すと暗闇が広がっている。

名の知れたはりぼて――
そんな奇妙な風景だった。

光を追うようにメインストリートを歩いた。居酒屋が並んでいたが、名前に覚えのあるチェーン店は一軒もなく、それが面白かった。人通りは疎らだったが、覗き込んだ店の中はどこも賑わいを見せていた。

焼肉屋という友人Cの意見を独断と偏見で却下し、洋食屋に入った。生きていることに乾杯し、ハンバーグに舌鼓を打った。美味しかった。気持ち悪くなるくらい食べた。

皆、笑っていた。でも、どこか苦かった。

■長い一日の終わり、そして、はじまり

タクシーで予約をとったビジネスホテルへと向かった。交通費が嵩む。

ホテルは小高い丘の上にあった。個性的な外観だった。博物館、或いは研究所。ライトアップもされておらず、部屋の灯りも寂しいどころではなく、なかった。

フロントでチェックインを済ませ、言葉も少なく翌朝の集合時間だけを決め、各々の部屋へ向かった。皆、疲れていた。

鍵を開け、薄暗い部屋に入るとまず、テレビをつけた。寂しくて、音が欲しかった。

シャワーを浴びた後、ノートPCでネットをチェックしようとした。垂れ流される有象無象の書き込みを読み流し、日常を感じたかった。

だが、部屋にLANケーブルがなかった。フロントで借りるらしい。手間だ。寝るか迷ったが、部屋を出た。ネット中毒だな、と自嘲し、部屋を出て、一階に戻ると廊下の灯りが消えていた。なかなかに趣深くはあった。

私は半ば諦めつつフロントに向かい、そして、肩を落とした。フロントにも灯りはなく、人の姿もなかった。ベルを鳴らして人を呼ぼうとも思ったが、面倒を掛けることもないと考え、部屋に戻り、ベッドに身体を預けた。

瞳を瞑ると、耳鳴りがやかましく響きだした。寝付くのに時間がかかった。

翌朝、気持ち悪いくらいすっきりと目が覚めた。いや、寝ていられなかったのだろう。

フロントに赴き、LANケーブルを借りた。ノートPCの電源を入れ、ブラウザを起動した。某巨大掲示板を開いた。何も変わってはいない。

いつも通り、情報が氾濫し、罵倒が綴られ、書き込みがループしていた。いうまでもないことだ。解っていたことだ。自分が、他人が、たった一人の人間が、過酷な状況に陥ろうと、居なくなろうと世界はそんなに変わらない。それは私だけではなく、他の人もそうだ。特別じゃない。それは言うまでもないことだ。解っていた。でも少しだけ寂しい気持ちになった。

ベランダに出たが、綺麗な朝焼けはなかった。
白く淀んだオレンジ色の空が在った。

ただ、一日がはじまろうとしていた。

■事故に遭って

自分が事故に遭うわけがない。
自分が事故を起こすわけがない。

そう思われている方も居るでしょう。私もそう思っていました。

ですが、現実として、昨年は73万件の交通事故が起き、90万人もの方が負傷し、5000人もの方が亡くなっています。私は幸いなことに交通事故者数という数字の1つになることはありませんでした。

交通事故のニュースはしばしばテレビで流れますが、所詮はテレビの中の出来事でしかありませんでした。命の危険を感じる事故に遭って、ようやく、何処かで、誰かが、現実に交通事故で亡くなっているということを強く実感しました。

今年も交通量が多くなる、年の瀬から年明けにかけて、事故が多発するのでしょう。
どうか、気をつけて下さい。

この記事を読んだ方が、そして、誰もが事故に遭わないことを祈っております。

■謝辞

警察、救急、病院関係者の方々、ご迷惑をおかけしました。的確な対応に感謝致します。有難う御座いました。

私たちの後方を走っていた方々、本当に申し訳ありませんでした。私たちは貴方方の安全な交通を妨げました。命を危険に晒しました。謝って済むことではありませんが、本当に申し訳ありませんでした。

感謝しております。貴方方の懸命な判断で私たちは命を救われました。そして、命を奪うこともありませんでした。

■一ヶ月が経って

事故から、既に一ヶ月が経ちました。

私は既に日常に帰り、あれから一月も経ったのかと、ふと思い返します。ですが、傷痕は確かに残っています。

先日、久しぶりに車に乗ることがありました。夜の中を流れていく赤いヘッドランプを眺めていて、何度も恐ろしいと感じました。

自身が誰かが何かを間違えれば、この歪な流れは簡単に破綻してしまう。そんな想像に左の耳が疼きました。

耳鳴りはまだ止みません。

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高速道路上での自動車事故を経験しました - GAGAZINE(ガガジン) (via petapeta)

私はようやく恐怖した。戦慄した。事故が終わったわけではなかった。これから始まるのだ。」って部分がすごくわかる。今でもありありと思い出せる。1年くらい前に高速で自損事故起こして3車線の一番右から左へ右へとスリップしながらコントロール不能になって諦めた。もうほんとうに覚悟するしかなかった。でも自損事故ですんだ。誰を巻き込むこともなく、自分自身怪我一つ負うことなく助かった。それだけに、感謝というより懺悔の気持ちでいっぱいになった。一番の楽しみを辞めようと思ってその日からぼくは1日2箱以上吸っていた煙草を辞めた。事故は怖い。絶対に運転中に飛ばしすぎたりカッカしちゃいけない。

(via 3tristes3tigres)

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